大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)174号 判決

原告

株式会社ダイエー

右代表者

中内功

右訴訟代理人

小野昌延

外一名

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

小沢義彦

外三名

主文

被告が、別紙目録記載の各商標登録出願についての原告の昭和四八年八月八日付各商標登録異議手続受継申立に対し、同年九月八日付でした各不受理処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

主文同旨の判決

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一、原告の請求の原因

1  株式会社Sは、別紙目録記載の各商標登録出願(以下「本件商標登録出願」という。)について、それぞれ登録異議の申立をし、その審査手続中であつたが、原告は、その後昭和四五年三月一八日右会社を吸収合併してその旨の登記を経由し、その法律上の地位を包括的に承継したので、昭和四八年八月八日付書面をもつて被告に対し、右商標登録異議手続を受継する旨の申立をしたところ、被告は、同年九月八日付書面をもつて原告に対し、右受継申立を受理しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、右処分通知書は同月二〇日原告に送達された。本件処分の理由は、「申立の趣旨はこれを聞き届けない。(註)地位の承継は認められない。尚合併の事実を証する書面が提出されている場合は出願人にその旨通知し異議決定をしない取扱を行なつている。よつて弁駁書も受理できない。」というのである。

そこで、原告は、昭和四八年一一月一〇日被告に対し、本件処分について、行政不服審査法による異議申立をしたが、被告は、昭和五一年九月一〇日右申立を棄却する旨の決定をし、右決定書謄本は同月一三日原告に送達された。

2  しかしながら、本件処分は、以下に述べるとおり違法であつて、取消を免れないものである。

(一) 本件処分は、商標登録異議手続の受継の許否という重要な事項を対象とするものであるにもかかわらず、前記のように何ら具体的理由を示していないから、それ自体として違法である。

(二) また、本件処分は、誤つた根拠に基づくものとして違法である。

すなわち、本件処分の根拠は、商標登録異議の申立人たる地位は承継の対象とはならないというにある。しかしながら、異議申立人は、当該出願に係る商標の登録を阻止することにより、これと同一又は類似の商標の使用について他から差止等の請求を受ける虞を消滅させ、その法的地位を安定させるという法律的な利益を有するのであるから、この地位は相続、合併により当然に承継されるものと解すべきである。そして、原告は、前記のように本件商標登録出願について登録異議の申立をしていた株式会社Sを合併して、その権利義務一切を包括的に承継したのであるから、右の異議申立人たる地位も当然に承継しているものである。

3  よつて、原告は、本件処分を取り消すことを求める。

二、請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1のうち、原告が株式会社Sから商標登録異議の申立人たる地位を承継したことは否認するが、その余の点は認める。なお、本件商標登録出願のうち、現在審査中のものは、昭和四二年商標登録願第一四一〇九号、同第一四一一四号、同第一九九五二号、同第一九九六四号、同第一九九六八号、同第一九九六九号及び同第一九九七四号の七件のみであつて、その余の一二件はすでに登録済みである。

2(一)  同2の(一)は否認する。

(二)  同2の(二)のうち、本件処分が原告主張の点を根拠としていること、原告が株式会社Sを合併したことは認めるが、その余の点は否認する。

3  同3は争う。

4  商標登録異議の申立人たる地位は、以下に述べるとおり承継の対象とはならないものであつて、この点を根拠とする本件処分には何らの瑕疵もない。

(一) 商標法第一六条第一項、同第一七条により準用される特許法第五五条第一項、第五八条第四項、第六一条第一項等の各規定を総合すれば、出願公告制度の目的は、特許庁審査官が商標登録出願について拒絶の理由を発見することができないと判断したときは、その出願の内容を一般公衆に公告して、何人に対しても商標登録異議の申立をする機会を与えることにより公衆審査に付し、よつて審査の精度を高め、登録査定の客観性を担保することにあると考えられる。したがつて、商標登録異議の申立の本質は、審査に関する情報の提供にあるというべく、このことは、右の申立が何人からもすることができることや右の申立についての決定に対して不服申立ができないことなどからも窺うことができる。このように商標登録異議の申立権は、専ら特許庁審査官の登録査定における過誤を排除するという公益的見地から認められているもので、財産的権利でもこれから派生した権利でもなく、むしろ一般に移転性を欠くと説かれる個人的公権の一種と考えるべきものであるから、異議申立人たる地位も一身専属的であつて、承継されないものというべきである。

(二) 商標法及び特許法には、行政不服審査法第三七条に相当するような異議申立人たる地位の承継に関する規定が置かれていない。これは前述の結論を裏付けるものである。

(三) 商標登録異議の申立権は、国民固有の権利として何人もこれを有しているのであるから、その申立人たる地位の承継を認めることは矛盾であり、かつ、その必要もないし、また、これを認めないからといつて何らの不都合も生じない。すなわち、商標登録異議の申立権は、原告もこれに合併された株式会社Sも等しく有していたものであり、原告はその固有の権利を行使できたにもかかわらず、法定の期間内にこれを行使しなかつたのであるから、異議申立人たる地位の承継を認めるとすれば、権利行使を怠つた者が権利を行使した者と同様に扱われる結果になり、かえつて不合理である。また、商標登録異議の申立がなされた後に申立人が死亡したり、合併により消滅した場合でも、すでに提供された情報は当然審査官の職権調査の対象となり、その心証形成に資することになるから、申立人の地位の承継を認めなくても異議申立の目的は十分に達成されうる。なお、商標登録異議手続の承継を認めないとすれば、異議申立に対する決定も行わないことになるが、右の決定は、異議申立人から提供された情報により審査官がいかなる心証を得たかを申立人に報告するという性質のものにすぎないから、これがされないからといつて何らの弊害も生じない。

三、被告の主張に対する原告の反論

1  (被告の主張4の(一)に対して)商標登録異議の申立の本質は、被告の主張するように審査に関する情報の提供にとどまるものではなく、国民の受けることあるべき利害を考慮して異議申立をする権利を認めている点にあるというべきである。このように経済的性格の強い権利を一身専属的なものと解すべき理由はない。

2  (同4の(二)に対して)商標法等に登録異議の申立人たる地位の承継に関する規定が存しないことは、右の承継を否定する理由にはならない。

3  (同4の(三)に対して)商標登録異議の申立権は何人も有しているから、その承継を認めるのは矛盾であり、その必要性もないというのは、異議申立に期間制限があり、異議申立がなければ登録がされ、この登録に一定の効果が付与されることを度外視した議論であつて不当である。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求の原因1の事実は、原告が株式会社Sからその商標登録異議の申立人たる地位を承継したとの点を除き、当事者間に争いがない。右争いのない事実によれば、本件不受理処分は、登録異議の申立人たる地位が承継されないことを根拠とするものというべきである。

二そこで、本件不受理処分の根拠の当否並びにこれが取り消されるべき瑕疵に該当するか否かについて、判断する。

なるほど、商標法第一七条により準用される特許法第五五条第一項、第五八条第四項の各規定によれば、商標登録異議の申立は何人からもこれをすることができ、また、右申立についての決定に対しては不服申立をすることができないものである。しかしながら、これらのことから直ちに右制度の本質が審査に関する情報の提供にあるとか、あるいは右申立権が専ら登録査定における過誤の排除という公益的見地のみから認められていると結論するのは早計というべきであつて、むしろ登録異議制度の主旨は、右の点にとどまるものではなく、出願にかかる商標の登録を阻止することにより、これと同一又は類似の商標を使用するについて、他から差止等の請求を受ける虞を消滅させ、その法的地位の安定を図るという利益を法制度上認知し、国民に右利益を擁護するための手段として一種の公法上の権利を認め、右申立について判断を受けうるという利益を肯認した点にもあると解するのが相当である。したがつて、登録異議の申立権が右のような性質を有することと右権利の行使について、期間制限がされていること(商標法第一七条、特許法第五五条第一項)を合わせ考えると、登録異議申立にかかる権利は、これを一身専属的であるとする根拠に乏しく、かえつて相続、合併により、当然に承継されるから、右異議申立にかかる権利を承継した者は、異議申立人としての地位を承継するものと解するのが相当である。しかして、これを本件についてみるのに、原告が本件商標登録出願について登録異議の申立をしていた株式会社Sを昭和四五年三月一八日に吸収合併したことは、前述のとおり当事者間に争いがないから、原告はこれにより、右会社の有していた登録異議申立にかかる権利を承継し、異議申立人としての地位をも承継したものと認めるべきである。

被告は、商標登録異議の申立人たる地位の承継を否定すべき理由として、右承継を肯定する法条が存しないとか、右の申立をする権利は何人もこれを有するから、その申立人としての地位の承継を認めることは矛盾であり、かつ、その必要性もないなどと主張するが、いずれも前記結論を左右するに足りるものとは思料できない。

なお付言するに、弁論の全趣旨によれば、本件商標登録出願一九件のうち、被告主張の一二件については、株式会社Sからの登録異議の申立に対して決定をしないまますでに登録がなされていることが認められるけれども、異議申立人としては登録が経由されたことによつて決定を受ける利益を奪われるいわれはないし、また、異議申立人たる地位が右会社から原告に承継されたことは前述のとおりであるから、原告としては、右の一二件についても、なお登録異議の申立に対する判断を受ける利益を有するものというべきである。

三以上のとおりであつて、商標登録異議の申立人としての地位が承継不可能であるとして原告からの登録異議手続受継の申立を不受理とした本件処分は、その余の点について判断するまでもなく、違法であつて、取り消されるべきものである。よつて、本件処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(佐藤栄一 佐久間重吉 安倉孝弘)

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